クインテットビショップの還幸

7章 戦線打開、抗え兵士ども


「やっぱ側反しか見られてないって、何か違和感がある……」

「言ったでしょう? この国はそういうものなんです。あくまで敬意すべきは衣服であって、畏怖すべくは身持ちでしかないって」

相変わらず首をかしげ続ける彼女を連れ、僕は走る。
一番人気のない道を走ってきたはずだ。
そして唯一、避けては通れない人目のある可能性のある場所。
迎賓室の一つを開け、僕たちは息を潜めた。
ここを抜ければ、隠し扉がある書庫まであと一息だ。

ふぅっと深呼吸をした最中、がちゃりという金属質な音とともに別の廊室へと続く扉が開け放たれた。
はねる体。
弾かれるように振り向くと、そこには同じく僅か驚愕を浮かべた顔があった。
顔見知りの。

「あっ……クロエ…これは……っ」
たじろいだ。
そう、あの情報通のメイド。
しかし油断はならない。
彼女こそ国粋主義者かもしれないのだ。
見られている以上、密告される可能性はある。
この国の人間である以上、いくら仲がよかったとしても、国益に反することはしないだろう。
いま目の前にいるのは、この国にとってのジョーカーなのだ。

とっさに態度を決めかねた僕の前に、かの狂王さまが立ちふさがる。
毅然とした風に手で制し。

「俺が脅した。こいつには何の罪もない、俺を引き渡すならこいつの保護を……」

言葉半ば、怒りのように顔をゆがめた彼女がつかつかと歩み寄ってくる。

嗚呼、終わったな。

そう思った矢先、彼女は目の前の男の襟首を、むんずとつかんで大地に引き落とした。
突然の事態へたじろいだのだろう。
簡単に倒れこんだ彼の横腹を、更に今度は思い切り蹴り込んだのだ。
あっけなく転がされた体は、豪華絢爛なベッドの下へ。
そうすると、今度は突然服を脱ぎだし思い切りよく上着を放り投げた。
一瞬視界を掠めた肌色。
恥ずかしさにかっとなる矢先、脱ぎ捨てられた衣服が僕の視界をさえぎった。

直後。

「なんだ、なんだか騒がしいぞ、サボっているんじゃ……」

僕たちが入ってきた側の扉が開き、うぎゃっという叫びとともに勢いよく閉まったのだ。

「おっ……おまえ、何でぬ……っ!」

「はあ? 仕事仕事で汗かいたからですけどぉ?」

「わ……っ、分かったから、そういうのは自分の部屋でやれっ!!」

「はいはい、わぁりましたぁー。しゃーないじゃん、巡視なんて知らなかったんだからさぁ」

「巡視じゃない、監視だ!」

「別にどっちでもいいわよ。まじめに仕事はしてますぅー。これでいいでしょ?」

いかにもやる気なさげに返した彼女に悪態を吐き、足音は遠ざかる。

「何とかごまかせたか……」と小さな独り言が間近で降ってきた。
僕にかけられた服を取り上げた彼女は、ため息一つ、ようやくそれを着込み始める。
着替えが終わるまで、僕は顔を上げられなかった。

「で、何なの。とっさのことで驚いちゃったじゃない」

「え……あ、その……」

淀んだ答えしか返せない僕に、彼女は乱れた髪を掻き揚げながら目を細めた。

「ま、なんとなく分かるけど。で、どこまで行く気?」

「あ……だ、第一書庫……」

「クロエ? どうしたのー?」

隣の部屋から、シーツを抱えた女が顔を覗かせる。
僕の存在を見つけ、目をしばたかせた。
ベッド下にけりこまれた人物は視覚になるらしい。

「あー、知り合いの従者なんだけどね。こいつ、ちょっと探検してて迷っちゃったみたいなんだわ。見つかるとバレて怒られちゃうだろうから、なんとか逃がしたいんだけど」

「どこに?」

「第一書庫」

「目と鼻の先だね。了解わかった。だれにも会わないようにすればいいんだ。ちょっと見てくるから待ってて。居たら陽動して見えないとこに行かせちゃうから、五分くらいしたら、急いで」

悪戯に加担したような笑みをもらし、もう一人ははたはたと廊室へと出て行った。
乱れた髪を止めなおし、彼女はちらり、ベッドの下を軽く蹴った。

「いい加減出てきなさいよ。そのくらいなんてことはないでしょ」

「ぜ……っ、全力だしやがったこいつ……」

息も絶え絶え這い出てきた男が、蹴られた腹を抱えごろりと転がる。
クロエはため息ひとつ、腰に手をやりその様を眺める。

「もー、軟弱ねー。それでも軍神呼びされた男? もぅ」

「腹筋しめる余裕も与えなかったくせによく言うよ……っ! あーもう、くそいてぇ……しばらく動けねぇ……」
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