クインテットビショップの還幸

7章 戦線打開、抗え兵士ども


何とか転がり込んだ先。
王侯貴族の家系史を主として格納する王室第一書庫。
円柱にドームをかぶせた形の部屋に、壮大な天上人たちの壁画。
ぐるり壁を囲む書架は至る所に装飾が施され、見つめるものを圧倒する。

威圧する歴史。
そのいくらが本物で、作られた戯曲なのだろう。
かつて僕は、王族とはなんぞや、とあの人に聞いたことがあった。
あの人は答えた。
心底心外そうに。

《結局はかつて、暴徒の長だった者ですよ》

そんな人間を神聖に祭り上げるための儀式。
塗り替えられる歴史。
代替わりすれば分からない。
真偽は永遠、夢の中。
神聖な戦争のどれだけが、無慈悲無体な暴挙だったか。
この部屋に満ち満ちているのはそんなもの。
そして、彼が背負っていたのも。

ベルンバルトの禁断の鍵。
アーデルベルト・ブライトクロイツ前王。
部屋の中央、いまいましいそれをぐるりと見回し、彼女はそれをわかっていたのだろう。
たいした感慨を抱いた様子もなく、「いくぞ」と呟いた。

逃れえぬ重責。
歴史の鎖が続いた先に。
僕なら、重くて辟易するかな。
部屋の奥。
美しい彫刻の施された暖炉の左右。
威嚇するように口を開けたグリフィンとユニコーンに手をかけて、僕は小さく捻った。

ガチリ。

遠く何かがかみ合う音。
するとその脇、本棚の一つがゆっくりと開いたのだ。

「ここだけ本がフェイクだったから、怪しんでいたんです。見つけた時は歓喜しました」

悪戯を見つかったように舌を出すと、彼女はあきれたのか感心したのか心のこもらないため息を零した。
その手を取り、中へ。
続く階段を下りおりて、出たのは地下。
かつて地下水でもあったのだろうか、ところどころ天上に穴のあいた、大きな鍾乳洞。 頭上高く、続く大地は森らしい。
空の青に緑のヴェールを刷いていた。
あいた穴から差し込む光が帯状に続いて、後。
僅かなのぼりを経て件の森へと出た。
鮮やかな新緑。
まぶしいくらいの陽光。
湿り気を帯びた熱気。
命の息吹がそこにはあった。

王族の脱出口というのは真実だったようで、そんな森の中であれ、導くように大理石の柱と屋根が続いていた。

「はあぁ……金かけてんなぁ」

一人ごちた彼女の先に立ち、僕はその廊下をたどった。

「天下のスヴェロニアですからねぇ」

「だが、こいつを使う時は敗走して城放棄する時だろ? こんな絢爛にする必要性なくねぇ?」

「まあ、その意見には賛同しますよ。かの国の考えることって、僕には正直理解できかねますから」

呟いて、失言したと気づいた。
彼女の方を仰ぎ見ると、その言葉の齟齬に気づいてはいないようで、ただ並ならぬ装飾に感嘆をもらしている。

……まあ、良いか。
どうせ、この国なんか捨てるんだし。
安心と投げやりが半々に入り混じった時、コツリ、コツリと遠く足音が響いた。

誰か近づいてきている!
こんな辺境に?
いや、もしや……。

身を硬くした僕の前、先ほどと同じようにさりげなく割り込む彼女の背中。
僅か動かした指先に、服裾に隠した投げナイフが滑り込む。
靄の中、うっすら見えてくる姿に、「下がってろ」と有無を言わせなかった。

彼にとっての敵。
彼女を監禁したかの王子を除いたら、最大に恐れていると言っていい人物。

「……クロード・バルドー」

たくましい巨体に、重厚な甲冑。
彼は一定の距離を置いて、僕たちと対峙した。
あの、黒々とした瞳で。

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