クインテットビショップの還幸

7章 戦線打開、抗え兵士ども


「ま、いいけどね。 五分経ったら仲間が辺りを無人にしてくれるから。 それまでせいぜい休んどきな。 どうせこっからがまた長いんだろ?」

「えっと……なんでこんな……」

「逃げるんでしょ? 見りゃあ分かるよ。 私、国に忠義持ってるわけじゃないし。 それに……私だって、あんたに死んでもらったら困るし」

最後の言葉は、溶けて消えた。

「死なれたら困る。 手に落ちられても困るの。 だから逃がす。 ただ、それだけ。 感情とか愛着とか抜きにして、これは私の個人的な事情の話」

さて、五分経った! と呟いた彼女は、無理やり彼を立たせ、慎重に扉を開く。
きょろりと辺りを見回して、「大丈夫! 行って!」と僕らの背を叩いた。

「……悪い、恩に着る」

駆け出そうとした彼の背。
僕は最後に振り返って言った。
きっと彼女ともこれが最後だろうから。

「あの! さっきの個人的事情って、その傷痕に関係があるの?」

見送る彼女の表情が固まった。
服を脱いだときに刹那見えた、肩口から上半身を縦断するように走る火傷の引き攣れ痕。
……あまりにも禍々しかった。
彼女は、苦虫を噛み潰したような顔をし、しかし何も言わなかった。
「行くぞ!」と引かれた手に、僕は従うしかない。

「あんのクソガキ……」

残された女は、小さく吐き捨てた。
目ざといじゃないか。

「私には、この国に禍根がある。 この国に恨みがあるのよ。 だから、あんたたちを逃がした。 だって、あんたが逃げ延びてくれれば、きっとこの国を、王朝をつぶしてくれるでしょう?」

知らず、笑みが漏れた。
とてつもなく滑稽だった。

「私のおばあさまは、ある女に焼き殺された。 唯一の子である私のおかあさまは、おばあさまのいいつけどおり、密かに逃げて生き延びた。 それでもずっと、自分の存在を呪っていたわ。 逃げる時に負った、酷い傷痕とともに。 生まれた私も、同じ傷を受け継いでいた。 おかあさまは狂死したわ。 私たちは底辺の生を強いられた。 あなたには、わかる? あなたの存在が私にもたらした希望が」

留められた長い髪。
再びそれを風に遊ばせ、彼女は鋭い視線を上げた。

「私の名は、クロエ。今は亡きスヴェロニア王の寵愛を受けた側室、ジョゼット直系の孫」

あなたがこの国を打ち砕いてくれたら、私にも奇跡は起こせそうじゃない?
彼女は笑った。
王族の血を引くもの。
国家転覆へ持っていくには最高のこの身を。

「最大限弱体化させて頂戴ね」

この国を。 あの王妃を。
それだけが私の願いですもの。
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