クインテットビショップの還幸

第4章 戦場の兵士たち



「こぉんな薄っぺらい紙なんか持ってきて。欲しいんだろぉ? アンドルフの割り印がさぁあ。まっさかあいつも思いもよらなかっだろ。一度地に落ちた鳥が、再び国土支配の王冠を掲げることになるなんて!」

北の国で起こった革命戦争。
加担した狼の国は、麗しの王族を使って狐狩りを催した。
仕留めたのは、狼の国の王子。
生き残ったのは、凶鳥の国の王子。
家族もなく、底辺でのみ生き残らねばならなくなった少年は、しかし陰謀の果て、再び約束された王座に返り咲いた。
アズバラン大連邦、血まみれの歴史。
ベルンバルト王国、栄光の歴史。

「うちの力が欲しいんだろぉ? ネインクルツをつけようが、力量的には五分五分だもんなぁあ……。下手したら負けちまう。だから俺が欲しいんだろ? 一国でもベルンバルトに敵う力が。だったら、奴を殺すと約束しろよ。うん、ホントはさ、丸まるくれたら嬉しいよぉお? 自分の手で痛め付けられるとか、最高じゃないか。さんっざん遊んで殺してあげる。でもね、このゲームを企画したのは君だよね。だから俺、諦めてあげる。だけど、俺は許さない。だからさ、殺してよ。殺して、俺の前に死体を晒して。もうあんな夢、見なくていいように殺してよぉお!」

癇癪を起こしたように叫ぶ。
恐らくは。
しかし、こちらもそこは譲れない。
ベルンバルトの力を削ることこそ至上といえ、自分には先がある。
併合し、力を盛り返して後、我が国最大の敵を押し止める程の圧力を手に入れねば。
その為には、ベルトが必要だ。
ベルンバルトの力と、安寧の守護神。
奴さえいれば、国民は希望を持つ。
弱った獣も息を吹き返す。
……空中瓦解されては、困るのだ。

「……クソガキが」

聞こえない程に呟き、俺は片側だけ口の端を上げた。
だが、こいつがいなければならないことも事実。
強大な獣は、ありとあらゆる力を駆使してのみ仕留められるのだから。

「わかったわかった。おまえの要求は理解したよ」

俺は、努めて軽く見えるよう、肩を竦めた。

「ベルトに望むだけの害がなければ参戦はしない、ってことだろう?」

「まぁね」

「だったらさぁ……」

にやり。
こわっぱが。
大人を怒らせると怖いんだぞ。

「片手をやろう」

一瞬、彼が目をしばたかせた。

「彼に死なれちゃ困るからね。片手をあげる」

ふふ。
ふふふ。

「利き手を失えば、奴も大人しくなるさ。あのじゃじゃ馬を繋いでおくのも大変だろうしな。剣を持つ手がなければ、ただの頑丈な人形だ」

自分で言って、笑いがもれた。
そう、俺が欲しいのは人形。
玉座に座るだけで軍団を形作るような、絶対的象徴。
死なれては堪らない。
あんな利用価値の高い異物、怨恨といえくびり殺したいなんて笑っちまうのだ。
やはり、奴の後継者も、目の前の化け物も所詮クソガキ。
我々のように長らく重責を負い、血にまみれてきた訳ではないらしい。
若ぇんだよ、考えが。
君達みたいに夢中になれる歳でもないからね。
それが、俺達の世界だったし。

気難しげに唸っていた少年は、しかしむすっと顔をしかめたまま。
そう。
そんな無茶通す程、彼の国は強かろう。
反面、気候故か季節的に食料に乏しい。
それを支えるのは南だ。
暖かな通年の食料を得られる地。

「ま、いいんだけど。嫌なら嫌で。今年はうちも、冷害なんかで農家もひいこら言ってっし。原材料少なかったら諦めようかって思ってたけど、ま、いっか。ワイン作っちゃお。少しなら輸出で外貨も……」

あえて諦めるように席を立とうとすると、引かれる裾。
子供じみた所作に肩を竦める。
俯いたままの目元には、影がかかり伺えない。

「……全部ちょうだい」

「なにを?」

聞き取れない程小さな囁きに、意地悪く問い直すと、そっぽを向いた顔が口を尖らせるのが見えた。
幼児のような身の振り。
紡がれるのは残酷。

「四本。全部ちょうだい。それで諦めてあげる」

嗚呼、四肢をくれという話。
決して譲らない彼ららしいと言えばらしいのだが、しかしまぁ何とも血みどろなことをさらりと言う。
拗ねた子供を宥めすかすように笑顔を湛え、眼下、伸びた手を取った。

「いいよ、わかった。凍らせて届けたがいい? だったら、冬の方がいいんだけど」

「ちゃんと、意識がある時に切り落としてね? 痛がらせなきゃ意味がないんだから!」

ある意味必死に言ってくる背を撫でながら、俺は違う意味で口元を歪めていた。
馬ァ鹿。
単一国家としては敵わなくとも、堕ちたベルンバルトがどうなるかまでは考えが及ばないらしい。
単騎にて軍事国家に対峙できるということは、単騎でしかあの狼とは戦えないということ。
多勢に無勢で落とした後は、ベルンバルトは俺のもの。
いくら疲弊しようと元来の軍事国家だ。
首輪を付けられた獣を操作するのはたやすい。
新たに生まれる《スヴェロニアとベルンバルト合同軍には、奴らは敵わない》。
約束なんて、反古にする為にあるのさ。
特に国家なんてものは。

「四肢欠損した野郎なんて、愛でる趣味もないしねぇ……?」

だから、お前は若いんだ。

自分の力を信じてやまない黒羽の鳥を眼下に、微笑んだ。
Copyright 2011 All rights reserved.