クインテットビショップの還幸

そして動き出すもうひとつの物語


その感情はあまりに強烈で、幼かった私の未熟な器を満たし、溢れるに当然だった。
声にならない慟哭。
渦中、うずくまる人。
その手には骸。
残酷な宗教画の如き世界は、ただ血の香をもってのみ色を放つ。
憎しみ、上回る悲しみ。
愛しさは、流れ込む先で私の心臓を食い破り、甘い痺れを齎してゆく。
これは、彼の感情だ。
私ではない。
解ってはいるのだが、何故だ、涙が止まらない。
あれからどれだけの時がこの身の上、過ぎただろう。
あの感情の主であった彼も、今やこの世にはいない。
そう、彼女がそうであったように。
しかしあの鮮烈な感情は、私の中、生き続け、思い出したように甘い痛みを誘うのだ。
なあ、人間。
何故お前たちは私に、このようなものを残したのか。
長い長い時間の中で、私も失われた力を取り戻した。

時は満ちた。

この痛みを癒す者は一人。

我が花嫁よ。
今こそ君を迎えに行こう。
Copyright 2011 All rights reserved.