クインテットビショップの還幸

第13章 黒薔薇


――聖都、リンデン城……。

この場合のリンデンとは、かつてこの国に存在していた都市、リンデンを示す。
フォッセンブルクのリンデンは、長らく放置されたリンデンの地を哀れんだ祖父が、そのまま移築したものだからな。
現在のリンデンより北東寄りの国境付近にあったらしい。
あくまでこれは、物語だからな。
真実は、もっとずっと血生臭い。

――それは、消されねばならなかった理由にも通じると……?

まぁな。
まずこの王女だが、身体的特徴から、違う民族との間にできた子だと言える。
だから、この場合、王城からの隔離は必然、存在の隠蔽と幽閉を示すだろう。

――それを、少年が連れ出した。

王族の側としては、ある意味イレギュラーだ。
ただ、黙って死んでいけばよかったものを、突如その檻から逃れたのみならず、指揮者として表舞台に踊り出たんだから。

――しかし、彼女は国の為に戦ったのでしょう?
まぁな。
しかし、当時の支配階級から見たら違った。
特に彼女には王の血が流れているからな。
現政権を覆すだけの条件は揃っていたのだ。
今はただ、敵たる蛮族に向かっているが、きっと状勢が落ち着けば、民衆は彼女を聖女と担ぐ。
そうなれば終わりだ。
案じた国政側は、味方ながらに彼女を策にかけ、敵国の手に落としたんだ。

――……惨い。

彼女を連れ出した青年は、彼女を捜し求め、国境付近で打ち捨てられた馬車を発見する。
その場に散乱していたのは運び屋と思われる男たちの死体。
そして、一番奥に、喉を引き裂かれた彼女の姿。
傍らには、白銀の毛を血に染めた、大きな狼が侍っていた。
これこそ彼女の敵と、彼は狼の首を撥ねた。
不思議なことに、狼は全く抵抗せず、悲しそうな目をしていたらしい。
それからどれだけか、漸く理性を取り戻した彼は、彼女の傷が男たちとは違うことに気がついたんだ。
男たちは無惨な程徹底的にかみ砕かれ絶命していたが、彼女の傷はただ一つ。
首元を引き裂いた刀傷だけなんだ。
もとより彼女は、獣を使うのが上手かった。
恐らく、彼女を傷つけられた報復に、男たちを狼が始末したのだろう。
狼狽した彼は、しかし現れた小さな狼に導かれ、彼女と狼の死体を近くの泉に葬ったのだ。

後、彼は彼女を慕う民衆とともに、国内を平定。
王家と繋がらぬ唯一の王として、歴史に名を残した。
ただ、彼はその地位に固執せず、内政を立て直すと直ぐさま彼女の弟である正式王子に政権を渡したのだが。
しかし自尊心を傷つけられた王族は、長い年月をかけて、その歴史に蓋をした。
今や、誰も知らぬ。
彼女の名も、彼が暮らした晩年も。
罪悪感を紛らわす為、王族にのみ伝わる伝説としてしか。

何故我が国が、狼の国と呼ばれるか考えたことはあるか?
何故国旗が、色味を持たぬ白と黒なのかも。

彼女たちの存在は、ゆっくりと確かに消し去られた。
しかし、消せないものもあったということだ。
現に今、民衆にとっての《黒薔薇》は、来歴は知れずとも僥倖のまじないだ。

俺は、この話が好きだった。
誰にも看取られず、死んでゆく姿が共感できたのかもしれん。
だから、お前に話して聞かせた。

――……そうだ。思い出しました。
 何で僕がこのことをうろ覚えでしか覚えていられなかったのか。
 その後、僕は父に話したんだ。
 嬉しかったから。
 でも父は、酷く苦しそうな顔をして、その話は忘れろと言った。
 ……うん、父さんは気付いてしまったんだ。
 その話を知るのが王族だけなことに。
 兄さん、僕は、そのあと兄さんを見てるんです。
 激昂した父さんが、貴方に剣を向ける所。
 兄さんは避けもしなかった。
 ダラダラと血が滴って、そんな所見たことがなかったから、酷く驚いて……!
 その時はまだ兄さんを、将軍の一人だと思ってましたが、とにかく恐ろしくて。
 父さんの……言う通り、忘れなきゃ、って……。

……再び会った時は、父の葬送だった。
お前は……酷く怯えたよ。
少しだけ、寂しくはあったが、それでいいと思ったよ。
俺は、憎まれる為生まれて来たんだから。
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