肌を包んだのは、生暖かく湿った空気。力の奔流に反応し、沸騰していた細胞が収まると、そのきな臭さを鼻腔に感じ、顔を顰める。

 繋いだのは、全く別に存在する空間の一つ。

 じゃらりと重い鎖を引きずる音が鳴り、呻きにあわせ、滞留した霧が晴れていく。現れた姿は、空間移動の負荷に耐えられなかったのか、所々爛れ、鮮血が滴っていた。

「おのれ……っ! 許さぬ! 正行、殺してしまいなさい!」

 目を血走らせた志津恵の影から、正行が飛び出す。しかし、その毒牙が公彦に届く直前、その巨大な影の上を、小夜子のしなやかな肢体が悠々と飛び越えていた。

 耳障りな音と共に、巨大な爪の一本を、軽々と止めてみせる。

「さあて、第二ラウンドといきましょうか、子猫ちゃん」

 呟いた小夜子が、獣の間接を構え直した棍で思い切り叩いた。バランスを崩した獣が尾を振り上げたとき、すでにその地に小夜子の姿は無かった。

 大きな背に足を着き、大きく宙返りをすると、対象を見失った獣の目が咄嗟に泳ぐ。

「一秒遅い!」

 勢いよく宙を舞った小夜子が、鮮やかに棍を繰り出す。目で追った獣の右頬めがけ青い閃光が走り、鈍く音を立てた。

 劈くような獣の悲鳴が轟く。

 手にした長い棒を、華麗に翻した小夜子の目が、うごめく黒い影を映す。ふっと笑みを漏らした。

「案外頑丈なのねえ。人間だったら、もうすでに死んでるわ。でも、まあいい。そうじゃなきゃ面白くないもの」

 正体を現した小夜子の瞳が輝く。

 長い耳に、尾の目立つ半獣の姿は、彼女本来の力を取り戻した証拠だろう。

 目をむいた獣の首の骨が、ごきりと鳴る。さすがの化け物と言えど、小夜子相手に手痛い一撃を受けたとあっては、どこかに不調をきたしたらしい。

 太い尾を地に打ちつけた獣が咆哮すると、その身がぐにゃりとゆがみ、硬い鱗をつきやぶり大きな突起が二本出現した。

 即興で作り上げたのだろう、その柄は、所々骨が見えてしまっている。先端には煌めく鋭い刃が見え、突起と言うよりむしろ、長い棒、もしくはあたらしい手のようだ。

「手を増やしたか……」

 神経もあるのだろう、蠢くそれを見つめ、小夜子が呟いた。

 長い銀色の刃と、獣の赤い目が同時に煌めく。太い足が滑る地を思い切り蹴りだし、小夜子の細い体へと向かっていった。

 躊躇せず向かってくる巨体を跳び退り避けると、頭上から襲い掛かってきた刃を掲げた棍で受け止める。金属を打ち鳴らす耳障りな音が響き渡る。血に染まった刃を受け流すと、背後から襲いかかったもう一本の刃を振り向きざま打ち落とす。

 体勢を立て直した獣が、巨大な爪を横薙ぎに振るうと、地に棍の先を突き刺し、高飛びの要領で飛び上がった。一回転した小夜子の眼前を、巨大な爪が横切っていく。

 再び手にした棍をクルリと回し、自分の体重と落下する重力を利用して、その手に大きな一振りを振り下ろした。

「ぐぎゃおぅっ!」

 腹に響く声。

 痛みにも関わらず降りかかってきた刃を打ち払いながら、小夜子はすでに目を開けていなかった。

 空気、音、温度、気配。全ての感覚が、小夜子の身を動かす。

 無意識に掲げた手の先から、金属の音がした。

 紙一重、首元に襲い掛かった刃を避ける。あまりの近さに、ヒヤリと冷気が伝わってきた。

 小夜子の笑みが引きつる。

「くたばれよ、雑魚が……」

 鋭い視線を向け、吐き捨てた。

 その手元で、小さなつむじ風が二つ起き、一瞬にして二頭の狼の姿を形作る。炎のように風に揺らめくその姿が、小夜子を庇うように立ちはだかっていた。

 青白い切れ長の目が、目の前の巨体を見つめていた。

『狐の君、わしらも加勢する』

『何、あっちの世では力を失っておったとはいえ、ここは我らが天下。存分に役立とうぞ』

 ちらと小夜子がその姿を見やり、「ネズミか」と呟く。

『左様。わしらは長く地に憑いてきた身。人間が住み着く以前から土地神に仕えておったのじゃ。主無き今、数多おった仲間は減り、力すら失ってあのような姿に身を落としておったが、物の怪たる我らにとって、ここら一帯は領地も同然。汝が我らを受け入れるなら、汝付の獣臣となろうぞ』

 笑みの形に目を細めた白い狼が、再びつむじ風へと姿を変える。二つの渦が重なり合い、小夜子の手元へと集約した直後、手中に一丁の銃が握られていた。

 物の怪特有の力の波が、鼓動のように小夜子の手へと伝わってくる。手に馴染む独特のグリップを握り締め、小夜子は表情を引き締めていた。

 立ち上がった獣に、その銃口を向ける。ざわざわと肌が騒ぎ、向かってくる巨体に向けて引き金を引いていた。

 炸裂する火花が漂う空気を一瞬にして焦がし、巨大な火の弾が波を引く風を伴って疾走した。見覚えがある。あれはたしか、小さい頃よく使っては失敗していた妖狐の力。鬼火。その鮮やかな色を見つめ、思わずため息をついていた。以前より生きにくい世に晒された妖怪は、次第に力を失っていく。小夜子もその只中で、次第に制御できず、一先ず使えば暴走の一途を辿っていたはずだった。

――そうか、あいつらが制御しているのか。

 手にした銃身に笑みを向け、思わず手を伸ばし、力の限り叫んでいた。

「鬼火、炸破っ!」

 小さかった火が一気に膨張し、大きな爆風と熱波を迸らせた。

 歩みを止められなかった獣が、その中に突っ込んでいく。

 やった! と手を握り締めたが、すぐさま止まらない気配に気づき、身を引き締めた。

 呻き声をあげた獣の気配が、次第に大きくなってくる。しかし、今度は逃げようともせず笑みを浮かべ、足を踏み出していた。

 手にした銃が風の束に変わり、再び純白の狼へと変貌する。二頭は先行するように小夜子の前へと駆け出すと、獣の頭上を飛び上がった。

 白く煙った水蒸気の熱い壁を破り、獣が大きく雄叫びを上げる。歩みは地を砕き、うつろな目が生々しいほどの憎しみを溶かしていた。

 小夜子も、襲い来る二本の刃を弾き返し、金の瞳を垣間見せる。次第に詰められる距離を気にする事無く、小夜子は手にした棍を握りなおしていた。

 獣が大きな口を開け、二重に生えた鋭い歯が眩いばかりの月光に煌めいた。

 牙が届く間際、突如として体勢を落とした小夜子が、滑るように獣の腹の下へと潜り込む。一瞬にして陰った大地の臭いを嗅ぎ、手にした棍を真横へと向けた。

 獣の腹の下から、月光の元へと鮮やかな棍の青が覗く。獣がその存在に気づいたと同時、小夜子は握った棍を思い切り反対方向へと掲げ上げ、自分の上に存在する巨体をひっくり返していた。

 盛大な土煙が上がり、獣の身が軋みながら転がっていく。

 二頭の狼が姿を変えたつむじ風がそれに続き、辺りを疾走する。ねっとりと肌に張り付く湿っぽい空気をかき混ぜながら、獣の身に襲い掛かった。

 鼻を突く生臭い臭い。

 突然の力の増大に、びりびりと痺れていた手を庇い、ようやっと実感できた勝利に、小夜子は思わず笑みを浮かべていた。

 次第に収まっていく風が、散っていた土煙を追い払い、次第に視界を取り戻していく。

 影絵のように鮮やかに、ゆっくりと倒れこむ獣の影。戻ってきた風が狼に姿を戻し、小夜子の両脇に颯爽と立った。

 地に打ち付けられた獣の肉体が砕け、大量の水と形状を失った魚の死骸が、円形状に広がっていく。

「どうやら、お前の大切は正行は、この空間では肉体を保てなかったようだな」

 公彦が、気味の悪い笑い声を上げた。

――これで、少しでも浮かばれてくれればいいが……。

 悲しいまでの桜吹雪の中、立ち尽くしていた姿を思い出し、無意識にそう思っていた。

 辺りに漂う腐臭が強くなり、目に染みる。喉の奥に残ったしこりのような何かを、強大な刺激と化した臭いが刺し、痛みを倍増させた。

 広がり続ける水溜りに足を踏み入れ、しかし公彦は笑う。まるで、自分に課せられた全てを嘲笑い、諦めるかのように。

「さあ、どうする? お前の大切な化け物は、もう使い物にならないぞ」

 苦々しげに歯を食いしばった志津恵に、取り出された銃口が向けられる。

 死人の魂が無ければ自らの生命の綻びさえ繕えない公彦のために、白大蛇の神『白院帝・志摩』が作り出した特別弾である。迷う魂に再びの死の恐怖を与える代わりに、絶対的な消滅と安息を与える。

 しかし、今はただ黄泉の入り口と化す小さな闇が、ぼんやりと浮かんでいるだけだ。

 公彦の口元が、奇妙に歪む。

「お休み」

 耳を劈く銃声が、その場に居合わせた者の鼓膜を振るわせた。

 打ち出された大量のエネルギーが風の渦を成し、志津恵を包む。

巨大な炸裂音。志津恵の身を、巨大な力と舞い上がった粉塵が隠した。

 薬莢の排出される、軽めの金属音。

 公彦が安堵のため息を吐き出そうとした時、氷の割れるような小さな音が、耳に届いた。

「え……っ?」

思わず視線をさ迷わせ、音の元を辿る。

今までに耳にしたことの無い音だった。

「何が」

 途端、地面から鋭い刃のような風が湧き上がり、公彦の身を引き裂いた。

「うわあぁっ!」

 激痛と共に脱力感が襲う。ぱっくりと裂けた傷口から血生臭い臭いが上がり、鼻を突いた。

――反動だ!

「公彦!」

 術は相手に破られたり、攻撃する対象を見失ってしまうと、同じ力を持って術師に返ってくる。

 赤く染まっていく公彦の背を支え、傷口に目を走らせた小夜子の頬を、冷や汗が伝った。

 何故。術は成功したはずだ。

 何がいけなかった。反動が返ってくる原因は……!

 小夜子の瞳に、薄れる土ぼこりの中で身を起した黒い人影が映る。志津恵が目を見開き、狂ったように笑っていた。

「あなたたちの術は、私には利かないようね。ご愁傷様。まあどっちにしろ、私はもし万に一つ死んだとしても、再び再生するのだけれど!」

 小夜子の手に支えられた公彦が、血で染まった額を押さえ、「生霊……っ!」と苦々しげに呟いた。

――生霊……。

 底なしの不安が、小夜子の心を食らい、広い背を支える腕に無駄な力が込められた。

 彼が「食える」のは、完全に肉体との繋がりを失った、死霊だけである。肉体があるのは、絶対的な現世への拘束であり、浄化できないことを表していた。

浄化できない……それは、浄化を前提とした公彦の術は通用しないということだ。

運よく滅ぼせたとしても、生霊を生み出した根源を絶たねば何度でも蘇ってしまう。

そして恐らく、志津恵の恨みというのは勿論……。

公彦は、己の無力さに歯噛みした。

人間とはあまりに無力なものだ。失ったものを戻すことは出来ない。何人たりとて、死んだ彼女の息子を元に戻すことは出来ないのだ。

根源が絶てない以上、今の公彦に出来ることは殆ど無かった。

「ふふ、図星のようね。あなたたちは、私を消すことが出来ない。切り札さえ使い果たしたみたいじゃない。万策尽きたかしら? あははははっ! これ以上愉快な話があるかしら。あなたたちは、私には勝てないのよ。永遠にね」

「……それはどうかな」

 さも楽しげに捲くし立てる志津恵に、俯いた公彦の冷ややかな声がかかる。

 疑問符と共に目を移した志津恵は、ゆっくりと上げられた公彦の双眸を凝視した。

 もうすでに、その瞳に絶望の色は無い。

「まさか俺が、何も手を打たなかったとでも?」

 遠くで、地鳴りのような震動と、かすかな話し声が響いてきた。

 控えるように立っていた狼が、『人食いじゃな』と声を出した。

 薄ぼんやりと白みだした東の空を見上げ、公彦は口元を歪めた。

「まさか、ここが単なる空間だとは思っていまい。そうだ。俺たちは、すでに手を打っていたんだよ。万が一のためにな」

『今日は、死人が少ないな。このままでは、腹が減って死んでしまう。唯でさえ街にでることもままならんというに、まったく……けったいな世になったものじゃのお……』

『そうだなあ……最近は争いも少ないせいか、ニンゲンどもの無念の魂が残りはせん。それに加えて、わしらの住処となる暗闇も減ったときた。上手く動けぬ上、手に入る食料も減ったとなれば、もうすぐワシらも都から出て行かにゃならんのかのォ』

 腹に響く声が、近付いてくる。

 胸元から一枚の札を取り出した公彦が、一瞬にして紙切れを小さな光に変えてしまった。光に反応したのか、二頭の狼が風に姿を変え、消えてしまう。しかし、何故かその気配だけは何も無い空間一体に残っていた。

 規則的に続いた二つの足音が、ふと止まる。

 薄暗い闇の中に、ぼうっと浮かび上がった提灯の明かりの奥で、すんっと鼻を鳴らす音が、僅かに耳に届いた。

『何か匂わんか、黒よ』

『何がじゃ?』

『そう急かすな……ふむ……この芳しい香りどこかでかいだことのある香りじゃな……。はて、はたして何処であったか……ああ、そうじゃ! こりゃ、魂の匂いじゃ! それも、怨みつらみが年月をかけて作り出した、美味い怨霊の匂いじゃて』

『それは真か? 腹の減りすぎで、幻でも見とるんじゃないか』

『わしも初めはそう思うた。じゃが、どうやら幻ではないらしい。ほほ、黒々とした憎しみが、良う蠢いておるわ。こりゃ、相当の上物と思って差し支えなかろうなあ。

今となっては、表に出ても霊を食らうことは難しいというのに、こんなところで新鮮なニンゲンの魂に出会えるとはのう。わしらはついておる。うまい具合に空きっ腹じゃ。早よう喰ってしまおうぞ』

 総毛立つような声がそう呟くと、暗闇の中から、二頭の妖怪が姿を現した。手に提げた提灯に照らし出された姿はいずれも半獣人で、袴を着、太い二本足でしかと立っていた。首から上は、異形だ。

『おお、おったおった。美味そうな屍じゃて。ワシの鼻も馬鹿にはならんだろう、のう黒よ』

 巨大な牙を滴る唾液で光らせ、犬の頭を持つ妖怪が笑う。

『とにかく、早く喰ってしまおうぞ。早うせぬと逃げられてしまうぞよ。わしらほどではないとは言え、人間も相当狡猾な生き物じゃからのう』

 わずかばかり顔を顰め、犬頭の隣に立った龍頭の妖怪が答えた。

「俗に言う、もののけ道だ。道は四方に伸び、人間は決して通ることの出来ない、特別な道。どうやら、運よく『魂を喰らう者』が通りかかってくれたようだな」

 くつくつと奇妙に笑い、公彦が言った。

「……は、馬鹿ね。それならあなたも同じじゃない。彼らにとって、あなたは私と同じ、単なる食料……。私が死ぬときは、あなたが死ぬときでもあるじゃない? それにもし、食べられたとしても、あなたに待つのは死でしかないけれど、私には再生がある。単なる悪あがきだわ」

「結界を張った。万が一にでも、奴らが俺の正体に気づくはずは無い。今、あいつの目には、俺は奴らの仲間に見えているはずだ」

 志津恵の背を、恐怖による痺れが襲う。

 照らし出された獣たちの、爛々と光る瞳が細められる。

『おや……? しかし、白よ。先客がいるようだぞ。何と残念なことか……魂魄を食らうのは初めに捕らえた者と、相場は決まっておる。もう少し早く通りかかっておればよかった』

 龍頭が、長い髭をなびかせながら、心底悔しそうにそう言った。

「お気になさらずに、御仁。私めは、少々通りかかっただけであります。それに、私のような若輩者が、どうして高貴なお方の邪魔を出来ましょうか。どうぞ私のような低俗な者のことはお気になさらず、存分にお召し上がりくださいまし」

『おお、そうか。我らは真についておるようだ。では貴殿には悪いが、背に腹は変えられぬ。さっそく頂くとしようぞ』

 喜色を浮かべた鋭い視線が、自由を奪われた志津恵を射た。

「ふふ……ハハハ……っ! 言ったでしょう。どんなことをしても、私は再び蘇る。再生するのよ!」

 闇の奥に沈殿する死の未来を見つめ、狂ったように笑い声を上げる。

――そうだ! この状況が打開できても、生霊である私は、再び生まれるだけだ。あいつらに待つのは絶望だけ。再生したら、正行を再び作ってやる。そうしたらこっちのものよ。

どこまでも追いかけて、必ずこの借りを返してやればいい!

 自らの笑い声が高らかに響く脳内に、何か確かな物が切れる微かな音が聞こえた。

「え……っ?」

 突如として襲う不安。まるで、足元が崩されるような、不安定で計り知れない孤独。

――まさか、この感覚は……!

「肉体との交信が切れた……?」

 吐き出された言葉に、自ら愕然とした。

 こんな事、ありえない。これでは、再生できないではないか……!

 ぞくりと背を這った悪寒に視線を上げると、絶望色で塗りこめられた、漆黒の影が落ちる。

――まさか……!

「小夜子」

 その姿に背を向けた公彦が、小さく呟く。

 頷いた小夜子が、妖狐らしく一瞬にして姿を溶かす。立ちこめた霞がうっすらと消えたとき、公彦の手には、一本の提灯が握られていた。

 狼が姿を変えた風が、公彦の頬を撫で、あるはずの無い長い耳に生えた毛を騒がせる。

 長い耳と尾は、小夜子が力を分け、具現化させたものだ。

 小夜子にカモフラージュされた公彦の正体に気づくものはいない。

 背後で上がる断末魔の悲鳴を、振り返る事無く、幾重にも伸びる道のひとつへと足を踏み出した。

 もののけ道には、奇妙な形の草木が生える。

 子供の頃、祖父に読んでもらった身の毛もよだつ御伽噺の世界のようだ。

 吹きぬける風も生暖かく、浮かぶ脂汗を心地よくさらっていく。耳元で二つの風が囀るように笑った。

 薄暗い闇夜にあまりにも大きく浮かぶ月の下、獣らしい尾と耳を、薄ぼんやりと照らし出された公彦だけが、口元に僅か笑みを浮かべ、進まない時間をかき混ぜていた。