:番犬よ再び踊れ:

 

 

 パーティとやらの詳細は警視庁のサーバーに直接ケルベロスから届けられた。

 場所は、旧軍病院跡地。郊外に位置するこの場所には、大量の薬品が未だ残され荒廃した建物は噂を呼び、心霊スポットとしても知られている場所である。

 連れて行ける手勢は、矢萩を含む五人。残りは自由である。しかし、人選を任せられた宇崎へと自分を組み込むよう強く申し出た向坂と、もういっその事最後まで見守りたい、とそれに続いた名畑が加わり、残りの枠はひとりとなってしまったが。武器はいくつでも持っていっていいとあったが、どう考えても五人で持つことのできる量には限りがある。

 もし、このいずれかの条件が満たされない場合、国の主要機関を爆破。さらにジークフリートを解放する。

 轟々と鋭い音を立て、吹き抜ける風を受け、向坂はきっと視線を上げた。風に弄ばれる髪が少々邪魔に思えたが、それさえ吹き飛ばす恐怖が目の前に横たわっている。強い意志を含んだ漆黒の瞳の前には、廃れ、異様な雰囲気をかもし出す巨大な建造物が。さらにその下、木々の生い茂る周囲には機動隊や爆発物処理、さらには自衛隊員と普段では会話さえ交えることのない人間たちが互いに完全装備を施した頭を突き合わせ、銃を片手に駆け回っている。

 約束の日。

 時は満ちた。今日こそはこの長かった恐怖に決着をつけてやる。

 向坂は手にした自動拳銃のグリップを無意識に握り締め、表情を険しくさせた。

 遠くで何か重たいものが砂利を踏みしだく音が響き、ついで停車音。エンジンが雄叫びを上げ、ようやく息を潜めたその時、運転席を開け放った青年が精一杯声を張り上げた。

 「矢萩警視!お連れしました!」

 この何日で聞きなれた名畑の声。すぐさま後部座席に駆け寄り、ドアを恭しく開いた彼の前に、薄暗い車内から一人の人物が降り立つ。矢萩孝介。今回の事件の鍵を握る者。

 支給された戦闘服に防弾チョッキ。さらにはコートまで着込んだ彼の姿は、異様さを通り越してどこか威厳さえ放っている。その中で唯一、邪魔にならぬよう背中に通された紐で括られた左袖が、だらりと力なく垂れ下がり、彼の欠落を物語っていた。

 続いて下りてきた花火を従え、足を踏み出した矢萩へと、周囲を駆けていた人間たちが誰ともなく敬礼する。双方に目配せを送り、ゆっくりと歩みを進める矢萩へと向坂が一瞬目を伏せ、振り返った。

 眼前にあったのは、折れることのない意志と、それに伴う実力を有するものの眼差し。「TWD」時代、培われた番犬の瞳がそこに存在していた。「お疲れ様です」と口にし、背後に立つ少女を一瞥した向坂が、すぐさま視線を外す。

 「防衛庁と連携が取れたため、自衛隊から備品を借り受けることが出来ました。お好きなものをお取りください」

 「ああ」と返した矢萩の後ろで、フードを目深に被った花火が視線を上げる。その視線の先には、あのおどろおどろしい建物。あの中に、『彼』がいる。ぞくりと背筋を這う懐かしい感覚を思い出しながら、花火は横に立つ矢萩に目を移した。

 純粋なまでに強い視線が絡む。そっと口を開いた矢萩が、重々しく言った。

 「いけるか? 花火」

 体内に共鳴した矢萩の声に、ゆっくりと視線を廃屋へと戻す。そうだ、私は止めなければならない。何としてでも。目の前に広がる死の雰囲気から目を逸らさず、少女は静かに口を開くと何年ぶりかその涼やかな声を響かせた。

 「はい」

 横に立った名畑が驚いた顔を向ける。理由を察した矢萩が踵を返し、山と築かれた武器弾薬へと足を向けた。

 「花火は昔、熱波で喉を焼かれた。喋れるまでには回復したが負担を掛ける故、普段は喋らせないようにしている」

 幾人もの自衛官が脇を固めるその一角に、臆する事無く足を踏み入れるとその山の中に手を突っ込む。変わる事無く矢萩の右斜め後ろについた花火が、その手の選び出すいくつもの銃身を受け取った。深々と被っていたフードを脱ぎ、着ているコートの金具を外す。厚手のコートの下に現れたのは、明らかに警察のものではない漆黒の戦闘服と収納の多数付けられた防弾チョッキ。腰から下げられた小物入れにはいくつもの不自然な膨らみがあり、内蔵された物がどういった物であるのかを物語っている。そんな厳つく不釣合いな装備で固められた少女が、手渡された銃やらなにやらを丁寧に仕舞い込んでいく。その光景に呆気に取られていた名畑が、驚いたように声を荒げた。

 「も……っ、もしかして、連れて行く気ですか!」

 ぴくりと矢萩の手が止まる。抜き取った弾薬の束を背後に立つ花火に渡し、再び静かに振り返った。

 「当たり前だ。コイツは私の片腕。こんな体では、上手く弾薬を詰め替えることも出来ない。

 それに、安心しろ。花火には幼い頃から戦闘訓練が施されている。下手すると私以上に強いぞ」

 「でも……っ」

 思わず食って掛かろうとした名畑の目を、今までに無い冷ややかな視線が射抜く。花火から送られたそれにたじろいだ瞬間、今まで無言を通してきた向坂が制止の口を開いた。

 「これが私たちの進む道なの。宇崎部長も考慮して人事を組んでくださった。メンバーは矢萩警視とあの子。私たち二人に、機動隊から一名よ」

 残忍な響きを持つ言葉に、名畑が絶句する。それに微笑を返した矢萩が近場に立てかけてあった小型機銃を手に取り、ストラップを肩から下げた。花火もたっぷりと銃器を隠し持ったコートを着直し、視線を上げる。了承したように頷いた矢萩が、腰から一本の小振りな日本刀を取り出した。

 「代えは無い。大事に使うんだぞ」

 しっかりと頷いた花火がその手から煌めく刃を抜き取る。研ぎ澄まされた刀身が、どろりとした死の空気を取り込み、息を吹き返した。鈍い色を放つ刃を見届け、矢萩は手に残った鞘を力いっぱい地面に突き刺した。

 「……戻ってくるぞ。秋口を止める」

 何処からとも無く敬礼が起こる。戦地に赴く人間への手向けなのだろう。武勲を祈るその波が、次から次へと広がり声が上がった。

 本部となる仮設バラックからは、宇崎に安西直幸、さらには各課の責任者までがこちらに視線を向けている。

 のしかかる重圧に耐えながら、向坂は静かに「行きましょう」と呟いた。

 「時間です」

 入り口となる今にも崩れ落ちそうな門を潜り、向坂の後に矢萩、花火、組み込まれた選りすぐりの隊員一名と、最後尾の名畑が続く。一歩建物内に足を踏み入れると、異様な雰囲気と空気が五人を包んだ。カビと薬品、さらにそれに混ざって血とリンパ液の饐えた臭い。旧軍の軍病院だったという裏づけにも近い。嘔吐感さえ起させるその澱んだ空気に顔を顰め、手の中の銃を構えなおす。ここは敵地だ。いつ襲われてもおかしくは無い。

 迷わず足を踏み出した矢萩の背後で、花火が嫌悪に似た瞳を部屋の隅へと向ける。その先にはくもの巣のかかった人骨が無造作に放置されていた。銃を構える事無く力強く歩む矢萩と花火の後ろを、四方に銃口を向け警戒の色を絶やさない向坂たちが付き従う。階段を二階分上がり、廃墟と化した病棟の床へと足を踏み入れると突如矢萩が歩みを止めた。静かに、と暗に語った矢萩の目が、すぐさま角を曲がった先へと向けられる。従って耳を傾けてみると、いくつかの気配。敵か、と向坂が判断した途端、互いに頷きあった矢萩と花火がT字になっている通路を勢い良く駆け抜け、反対側の壁に身を隠す。思わず体勢を立てた向坂たちに静止の視線を送り、ぴったりと壁に張り付く。幸い、まだ敵には見つかっていないようだ。

だんだん近付いてくる足音と会話に心臓をわしづかみにされたように、向坂の額を汗が伝う。その恐怖を察したのか、矢萩が何か奥を指差すようなゼスチャーを送る。懐から一枚の鏡を取り出すと、内側に向けて少しばかり差し出して見せた。

向坂の息が一瞬止まった。鏡に映し出されたのは三人の人影。それも、各々銃や武器を手に背を向けている人間は、成人した男のもの。その反応に満足したように頷いた矢萩が、背後に控えていた花火から何かを受け取る。向坂たちがその何か、に辿り着く前に矢萩は躊躇する事無くその小振りな物体を男達の居る廊下へと投げ入れる。きんっ!と金属的な音が辺りに響き渡り、続いて眩いばかりの閃光。直後、黒く塗り潰された防護ゴーグルを装着した花火が勢いよく躍り出、その図中へと飛び込んでいった。

麻痺した視界は上手く利かず、耳に届く音のみが唯一の情報となる。靴が地面を蹴る音と、男達の阿鼻叫喚。それに奇妙な水音さえ加わり、どこかで火薬の炸裂する音が耳を劈いた。戻ってきた視界に目を擦り、音の方向へと目を向ける。恐る恐る顔を出すと、そこにあったのは嫌悪感を助長する血溜まりと、倒れこみ呻く男達。その中心に立ち、先を見据える返り血を浴びた少女の姿だった。そこからまっすぐに続く通路の先、少女が見据える曲がり角から、焦った人間の足音と声が聞こえてくる。すぐさま構えなおされた刀にはべっとりと赤黒い液体が付着し、その行為をまざまざと思い知らされる。その側に駆け寄った矢萩が「殺しては駄目だ」と呟く。

 「花火、分かるか? 殺さずに始末をつける。生きてさえいれば、治る確率はある。敵であっても殺すんじゃない。倒すんだ。難しいかもしれんが、やってみろ」

 その声に「はい」と答え、花火が目を細める。再び物陰に戻った矢萩が、「アレを使え」と指示を飛ばす。次第に近付いてくる影を見つめ、花火は背から黒い物体を取り出した。駆けてくる足音。花火が抱えた黒く四角い物体に向坂は見覚えがあった。対人地雷。超強力な殺戮兵器の類だ。

 「なにを……っ」と言いかけた時、先頭を切った敵兵が通路へと躍り出る。すぐさま向けられた銃口を一瞥し、その黒い物体を全力で放る。敵がたじろいだ隙に踵を返し駆け出した花火に、体勢を立て直した敵の銃口が火を噴いた。背を向けた少女に追いすがるように光跡を結ぶ。一瞬、ピリッとした痛みと衝撃が花火の足に走ったが、何より時間は無い。構わず思い切り踏み切ると、身を乗り出し手を差し出した矢萩の元へと飛び込んだ。

 その途端、かつんっと何かが落下する音と共に、動揺の声が上がる。騒々しいまでの足音の後、かっと先ほど以上の閃光がこの地を突きぬけ、耳が痛くなるほどの爆音と爆風が荒れ狂った。ばらばらと内部に入れられていた異物が撒き散らされ、近くにあるものを見境無く抉る音が響く。耳障りな音が止まったと同時に、殆ど麻痺していた脳がようやく息を吹き返しツンとした火薬の臭いを感じ取った。微かな炎と煙、炸薬が未だ燻る狭い廊下に、ころあいを見計らって駆け寄ってきた花火の足音が異様なほど大きく響いた。

 「こっち」

 物陰に隠れていた向坂の手を取り、いかつい戦闘服に包まれた少女は恐るべき力で腕を引き上げる。慌てて絡む足を引きずり駆け出すと、頷いた矢萩が爆発の起こった廊下へと駆け込んでいく。砕かれ散乱するコンクリートの破片を構う事無く踏み拉き、矢萩は黒光りする銃口を先の廊下へと向けた。

 「奥にドアがあった。きっとそこに隠れてるだけ」と少女が言葉少なに呟くと、男達が通ってきたらしい外階段との境に小さな扉が見えた。奇妙にフレームがよじれているのは爆風のせいだろう。他と変わりなく小さな破片のめり込んだ重厚なつくりの扉が、ついさっき起こった爆破の恐ろしさを物語っていた。

 ぎっと音を立て、扉が開きかける。それとほぼ同時に開き始めた僅かな空間をめがけて小さな火花と銃声が襲い掛かった。

 「先に進め!」

 矢萩の放った弾丸に一瞬たじろいだのか扉が閉まりかける。しかし、すぐさま外からもそれに応戦する弾丸が飛び交いだした。見境なく火花を散らす弾丸を避けながら扉の前を通過、走りきる。最後まで銃口を向けていた矢萩が、最後尾の名畑までが敵の射程範囲外まで脱したことを確認すると、勢いよく扉を蹴り、押さえ込む。と言っても相手は多数。すぐさま手にしていた銃のストラップを扉に括りつけ簡易ロックを掛けた。

 背後で鳴り始めた扉を蹴破ろうとする鈍い音に背を向け、「花火!」と激を飛ばす。すると先頭を走っていた少女が深く頷き、懐から手榴弾を背後の廊下へと投げ込んだ。

 すぐさま廊下を曲がり、第二棟へと転がり込んだ彼らの背後で先ほどよりは小さめな爆発音が共鳴する。何処からともなく小さな溜息と、「これで一時は防げるだろう」という矢萩の声が聞こえてきた。

 「二度も爆発に耐えられるとは思えない。建物の一部が崩れたか、手負いにできたか……どちらにしろ、暫く接触は防げるはずだ」

 上がった息を整える矢萩が億劫そうに呟く。同じく傍らにしゃがみ込んだ少女から新たな銃を受け取ると、深々とため息を吐いた。一時は大丈夫。その言葉を聞き、突如として大きくなった疲労感を感じ、向坂はたまらず視線を床へと落とした。前線で働いていたのは十年以上も前。体が鈍っていても不思議ではなかったが、少なからず自分も彼も歳を取ったのだ。入れ替わりの激しい警察社会。これだけ大々的に活動をしている以上、前線に出る代わりなどいくらでもいるのだ。

 向坂は古ぼけひび割れたコンクリートの床に、一本の朱色の筋を見つけ、眉を顰めた。ついさっき駆け抜けてきた通路から延々と続くその朱線は、時には引きずり、時には途切れながらの一つの道となって駆け巡っている。初めは死体の血でもついていたのかと思ったが、その出所を目にし、半ば呆然とした。

 すっくと力強く立ち上がった少女の足、コートのちぎれた裾の下、脛の辺りに生々しいまでの弾痕が残されていたのだ。未だに鮮血を零すその傷口は掠ったのだろうが深く、向坂の目に鮮烈に映りこんだ。

 「あんた……怪我してるじゃない。少し休んだ方が……!」

 立ち上がり、手にした日本刀を構えなおすと周囲に警戒の目を向けだした少女が、向坂の声を聞き、一瞬視線をよこす。

 「大丈夫。まだ戦えるから」

 「そういう問題じゃなくて!手当てだけでもしなくちゃ傷口が……」

 「この位じゃ死なない。それに私、痛いのには慣れてるの」

 何かの気配を察したのか続く廊下の先を睨み付けた花火の姿を見、諦めたようにため息を吐く。まさかこいつ、この傷で走りきったのか。「それでも、手当てはさせてもらうわよ」と半ば呆れ気味に呟いた向坂が、名畑から簡易救護セット受け取る。その中から一本の包帯を取り出すと、丁寧にその傷口へと巻いていった。巻きつけられた純白の布の帯へと鮮血がじわりと滲みていく。気休めかと心の片隅で思いはしたが包帯の端を結び終えると「これでよし」と鞄へと直しこんだ。

 一瞬不思議そうに自らの足を見つめ、和らいだ花火の表情が軽い足音と共に強張る。いつの間にか座り込んでいた矢萩までが立ち上がり、先ほど微かな物音がした物陰の先へと視線を走らせていた。

 「来るぞ、花火」

 頷く。力強く立ち上がり、見えぬ先へと険しい表情を向ける少女の背後で、同じく向坂たちも手にした銃を握りなおした。進むしかない。だったら、やるしかないんだ。

 滑るように現れた人影が、腕と一体化したかのような銃口をこちらに向ける。一、二度火を噴いた銃に構わず矢萩がその人影へと突っ込む。驚異的な速さで距離を詰めた矢萩の手が敵の首元へと伸び、掴もうと広げられた。咄嗟に避けようとした人影が身をそらした隙に右手に持っていた銃身を腹へと叩きつけた。殺傷力の高い発砲ではなく、打撃。殺すのではなく、倒す戦闘方法。

 肉を打つ鈍い感触と共に蛙の潰れるような声が男の喉から吐き出され、巨体が傾く。しかしその動きは突如として現れたもう一人の男の体によって止められていた。倒れこむ一人の影に隠れていたのであろう、にやと笑った口元の隣でぽっかりとあいた銃口が矢萩を捕らえていた。

 「花火!」

 男の横を何かが駆ける。黒い軌跡となって生じた風がふわりと矢萩の髪を揺らし、男の視線がそちらへと泳いだ。その途端、首筋に走る衝撃。一瞬にして霞み、歪んだ視界を前に男はつい今しがた自分に一撃を与えた存在の姿を目にした。日本刀の柄を突き出し、振り返った小柄な体は漆黒の戦闘服で染め抜かれ、それを包むようにダークグレーのコートがはためいている。彼は驚愕のあまり、朦朧とする意識の中で口を動かしていた。

 「なん、で……」

 同じく崩れ落ちる肉体。ごとりと音を立て地に伏した二つの人間を前に、向坂は銃を握り締める手に僅かなおびえを感じていた。自分たちにはあんな芸当、出来るか? 彼らのように豊富な先頭経験もない。今だってただ銃を握り締め、見ていただけだった。「TWD」に入る折に自分は特殊戦闘訓練は受けたが、名畑に至っては警官として必須の訓練しかしたことはないだろう。そんな自分たちに役に立てるのか?

 そんな不安が胸を焼く。冷や汗が頬を伝い、不安が奔流となりどろりとした液体に転じる。

 やはり、自分たちなど足手まといだったのか?

 追い詰められた脳が一つの答えのない問いを弾き出したとき、背後から震え上がるほどの悪寒を感じた。敵? 咄嗟に振り向き銃を構えなおすも耳を劈いた銃声と僅か横を切り裂いた刃に思わず手を引いた。

 「が……っ」と背後から吐き出された呻きが向坂の耳に届き、生暖かい飛沫が僅かにかかる。「向坂警部!」と名畑が叫ぶ声と倒れこむ警察官の姿が重なり、一瞬思考が停止した。向坂の後ろ、最後尾を行く名畑の前で銃を構えていた警官が、鈍い音を立ててコンクリートの床に伏す。致命傷になったのは左胸に深々と刺さった日本刀だろうが、右肩にも銃弾の抉った小さな穴が開き、白く煙を靡かせていた。

 咄嗟に矢萩たちの方を振り向くと、中心に立っていた少女が痺れるほどの眼光で肉体のあった場所を見つめている。しかし直後響いた奇妙な笑い声に冷静を取り戻したかのように驚愕の表情を浮かべた。

 「警察内部にも秋口の協力者がいたとはね。もしかすると、君たちが変わってくれていて正解だったかもしれんな。恐らく宇崎のところまで来る過程で何かしら細工を仕掛けていたはずだから。例えば……誰を選んでも内通者となっている、とかね」

 「何のために……」手で頬にかかった血を拭う。未だ体温を残し生暖かい液体は、あまりにも鮮やかに向坂の頬に散る。

 「そりゃあ、私たちを抵抗させないためだ。敵の本拠地。さらに背を任せるはずの味方まで敵となれば、我々に抵抗する術は与えられないからな」

 背後の少女を振り返り助けを求める瞳を見つめると、矢萩は「気にするな」と声をかけた。「今回のことは不可抗力だ。殺してしまったことは仕方がない」

 殺してしまった。許しを請う子供のような色を残す瞳に、優しく手を差し伸べる。しかしそれは、許すものではなく気にせずにこれからも戦えと言う暗黙の合図だ。その手をしかと取り、花火が再び前を見つめる。その視線の先、新たな人影を見つけ、向坂も咄嗟に銃を構えた手を上げる。「待て!」と怒鳴った声にびくりと手が震え、思わず引きかけた引き金から指が離れた。

 

 

2006,8